九州鉄道茶屋町橋梁

2018年01月05日

現在の鹿児島本線は当初九州鉄道という民間鉄道として
スタートしました。明治24年に門司港、黒崎間の一部
大蔵戦として運用されました。大蔵線は明治44年まで
運用されました。現在はその遺構として八幡東区茶屋町
と尾倉町に橋梁が残されています。このうち茶屋町のもの
は近代化遺産にも指定されていますが昭和51年に復元
されています。大蔵線は旧長崎街道沿いに走っていて橋梁
のすぐ北の道は旧長崎街道です。明治に敷設された鉄道
は旧街道に沿って敷設されたものが多いようです。

九州鉄道茶屋町橋梁

茶屋町橋梁北側です。


九州鉄道茶屋町橋梁

同じく南側です


九州鉄道茶屋町橋梁

説明板が設置されています。


九州鉄道茶屋町橋梁

旧長崎街道に並行しています。


九州鉄道茶屋町橋梁

歩道にはプレートが埋め込まれています。



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