東谷川、川岸の幻影

2014年03月09日

かって東谷川の山ヶ迫から大川の堤までの川岸には
ハゼの実を採取するためのハゼ並木と小指の爪ほど
の小さな実をつける小梅の木が多数植えられていた
そうです。春は梅の花が、秋にはハゼの紅葉が綺麗
だったそうです。
山ヶ迫の無法松酒造さんは戦前は造り酒屋のほかに
ろうそくの原料であるハゼ蝋を精製していたそうです。
(田原先生の著作より)そういえば中谷との境界にあ
るトンネルは櫨ヶ峠といいます。
かつて錦秋の頃には山肌を赤く染め上げていたのでしょ
う。今から100年近く前の話です。私が子供の頃(50
年前)現在の東谷はちょっと見の見た目はそれほど変わっ
ていませんが河川環境はずいぶん悪化したように思えます。
石原町のほたる橋では6月になると蛍が群れ飛んでいま
したし田植え時の田圃の取水口にはフナが産卵し、子供
たちが田鮒と呼ぶ稚魚がたくさん捕れていました。
田畑をめぐる用水路も自然護岸がほとんどで今はいなく
なったメダカやタナゴ、藻エビもたくさんいました。
本流にも多くの種類の魚がいたように思います。
夏休みには水遊びはプールでなくもっぱら川遊びが主流
でした。下水道が整備され、大手セメント工場の操業もほ
とんどなくなった今、どうして昔より川の水質が悪化してい
るのか合点がいきません。一度じっくり考えてみたいです。



東谷川、川岸の幻影

山ヶ迫の川辺の土地にはかつての梅畑を思わせる
梅林があります。

東谷川、川岸の幻影

梅林の横には田原先生が子供の頃に遊んだ用水路が
今も残っていますが3面コンクリ張りで生き物の影は見
えません


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Posted by メドウおじさん at 20:23│Comments(2)東谷(北九州)の紹介
この記事へのコメント
子供のころ私の自宅近くにも、ハゼ並木がありました。
ある地区の通学路になっていて、雨の日に子供の顔が真っ赤に腫れ上がるので、すべて伐採されてしまいました。近頃は山に行かないと見れませんね。
Posted by yummy at 2014年03月10日 16:04
そうなんです。私も子供の頃にハゼに負けるので近づいて触ったりしては
いけないときつく言われていました。もっともかぶれに強い、弱いは体質や
慣れにも影響するそうですね。漆職人の方は生漆に触っても平気な方が
いらっしゃいます。仕方のないこととはいえハゼ並木はもったいなかったです。久留米には今もりっぱなハゼ並木が残っているそうです。
Posted by メドウおじさんメドウおじさん at 2014年03月11日 18:58
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