東谷村村誌要覧

2019年12月07日

先日東谷地域に柿やビワ、柑橘の果樹が多く残って
いるのは明治、大正、昭和の前半(太平洋戦争が終
わるまで)まで東谷が独立した自治体として存在し果
樹栽培が村の方針として奨励されていたからです。
なぜそう言えるのかというと大正年間に東谷の教育、
産業政策など地勢をまとめた村誌要覧が発行されて
いたからです。その貴重な写本が市民センターに保
管されていて一度閲覧したのですが貴重な資料のた
め貸し出しが出来ずにその後閲覧する機会がありま
せんでした。ところが先日亡くなった父親の資料を整
理していたらなんと東谷要覧の写本が出てきました。
これで少なくとも私の所とセンターの2か所に存在する
ことになるのでこの貴重な資料が消失することはあり
ませんが、こうして新たに見つかったのも何かの縁で
すのでこれを機にPDF化して保存することにします。
また内容も少しずつ紹介したいと思います。


  

Posted by メドウおじさん at 22:06Comments(0)東谷(北九州)の紹介