小倉造兵廠跡地と長崎の鐘

2019年09月28日

小倉城から南、現在の大手町あたりまで先の戦争中
(太平洋戦争)は軍部の造兵廠(兵器工場)があり、
小倉周辺の女学生、旧制中学生はじめ最盛期で
4万人近い方が働いていた軍部の主力工場でした。
元々、小倉は明治以降昭和20年まで軍都として発
展していました。結果小倉城城下は本来の姿はほと
んど失われ、城下町の面影は完全に喪失してしまっ
たのは残念です。また旧軍都、小倉として忘れては
ならないのが昭和20年8月9日の出来事です。本来
この日は米国の爆撃機、B-29が小倉の造兵廠を
標的に広島に続いて原子爆弾を投下する予定でし
が当日雲の厚い曇天で標的を補足できずやむなく
目標を長崎に変えました。からくも小倉は難を避ける
ことが出来、替わりに晴天だった長崎が広島とともに
史上最悪の戦禍を被ることになりました。私たち北九
州市民、とりわけ小倉市民はこのことを決して忘れて
はならないと思います。旧造兵廠跡地の勝山公園に
は長崎の鐘が設置され8月9日には毎年慰霊の祈り
がささげられています。紫川沿いの広大な公園として
多くの市民が憩う勝山公園ですが決して忘れてはい
けない歴史のの事実です。


勝山公園の一角にある長崎の鐘です。写真ですが自分で撮影したものが
不明になったのでネットからお借りしました。



勝山公園のイベント広場です。間もなくここで平成中村座の公演が行われます。


  

Posted by メドウおじさん at 19:05Comments(0)東谷(北九州)の紹介