九州鉄道、尾倉橋梁

2019年06月01日

九州鉄道は鹿児島本線の前身にあたる鉄道で明治21
年に発足し24年に門司~博多が開通しました。当初は
陸軍省の反対もあり海沿いを走ることが出来ずに概ね
旧長崎街道に沿って走っていました。そのころの痕跡と
して以前紹介した小倉北区の茶屋橋橋梁と八幡東区
の尾倉橋梁があります。茶屋橋橋梁は一部復元再整
備されていますが尾倉橋梁は今も生活道路の一部とし
て使われほぼ当時の姿そのままで残っています。この
ように北九州は八幡製鉄所をはじめ、産業遺産、レト
ロ遺産が数多く残っています。これは福岡市と比べても
多いと思います。一つには私の私論ですが両市の市民
性の違いがあるように思います。特に福岡市はスクラッ
プ&ビルドが大好きで、古く不要になったものはどんど
ん撤去し新しいものに作り変えているように感じます。
その分、都市の持つダイナミズムは福岡市が大きい
ように感じます。北九州は一時、福岡市をライバル視し、
何かと張り合っていた気がしましたが、最近はその方向
性も変わってきたようである意味、うれしいことだと思っ
ています。




今も現役で使われる尾倉橋梁です。高さ制限の看板がジャマですが安全を考えるとやむを得ないですね。
いっそ車の通行を禁止すればよいのでしょうが生活道路だけにそうもいかないのだと思います。

写真は自分のものを使うつもりでしたが何故か、うまく撮れていませんでした。北九州市のHPから
お借りしました。
 

  

Posted by メドウおじさん at 21:13Comments(0)勝手に近代化遺産