紺野原銅鉱山跡地

2015年06月14日

北九州市営モノレールの徳力団地前の駅東の山には
階段状のマンションが建てられていますが山の斜面の
半分はコンクリートで土留してあります。なぜ全面的
にマンション開発しなかったの以前から不思議だった
のですが、この場所は古くは銅鉱山の跡だという事が
わかりました。紺野原というのは、この辺り一帯の古
い地名です。この場所の他にも東谷の旧秋月街道沿い
には呼野や香春町の採銅所などで小規模な銅鉱山の採
掘が行われていました。古い文献には奈良の大仏造営
の際企救郡の銅が使われた記録がありこの辺り一帯の
ものだったかもしれません。山肌の内部には今も昔の
坑道が残っていてそのためにマンション開発は半分しか
行われなかったのかもしれません。




山の斜面の半分は階段状のマンションが建っていますが



残り半分は斜面がむき出しで一部はコンクリで土留されています。







山の上から見た風景です。この地下で銅鉱石の採掘がおこなわれたとは今では想像がつきません。

  

Posted by メドウおじさん at 20:43Comments(10)東谷(北九州)の紹介三谷昔語り