東谷のセメント工場社宅跡

2016年01月17日

東谷には戦前から昭和50年代後半まで住友系と三菱系の
セメント鉱山とセメント工場が操業していました。現在は
両鉱山とも原材料のみ採掘されてセメント工場は閉鎖してい
ます。私が小学生から中学生にかけての頃が工場の最盛期
で多くの社員が勤務しており私の同級生の保護者の方も多く
働いていました。当時の従業員の多くは社宅に住んでいて
三菱の社員APは今も残っていて(ほとんど空き家ですが)
以前紹介しましたが、住友の社宅は取り壊されたと聞いて
いました。せめて跡地の様子でも確認しておこうと現地を
それこそ45年ぶりに行ってみると現場社員社宅は完全に
無くなっていましたが事務系社員の社宅は一部が残ってい
ました。造りは二棟続きの木造の今でいうテラスハウスの
造りになっていたものがかろうじて原型を残していました。
今は空き家になっていますが比較的最近まで人が住んで
いた気配が残っていたのは元従業員に払い下げられてい
たからかもしれません。


市丸の住友セメントの事務社員社宅のあった場所の現状です。新しい住宅街になっています。






旧社宅が一部残っています。昔は2軒続きのテラスハウスでした。



まだ人が住んでいる家も残っていました。



給水塔と簡易水道設備跡が残っていました。この場所は見覚えがあります。



正面山の麓に旧現場社員社宅のあった場所です。今は完全に取り壊されて跡は残っていません。

  

Posted by メドウおじさん at 16:14Comments(4)東谷(北九州)の紹介