梅雨末期の大雨状況

2018年07月08日

北九州地方の降雨は山を越えたようですが、なお行方
不明の方もいて安否が気遣われます。さらに中国四国
、近畿、岐阜方面では今なお河川の増水が続き全国
では大変な大惨事になっています。被害にあわれた方
々には心よりお見舞い申し上げます。
私の町内でも数か所から山水が噴き出し、通常は腰ぐ
らいの深さのある溝が土石で埋まり道路まで溢れまし
た。道路は閉鎖になり昨日昼頃にやっと開通しました。
町内を流れる東谷川も一部堤防の低いところでは水が
あふれ隣接する田圃に溢れました。下流の紫川も増水
し堤防を越えるまであと、数10cmの所まで迫ったよう
です。もう、1,2時間強く降り続いたら本当に危ないとこ
ろでした。主要道路は復旧したものの生活道路の一部
では土砂が溜まり本格復旧はこれからです。



 

山から吹きだした土砂が旧国道を横切り生活道路まで埋め尽くしました。



普段は枯れ沢で深さが腰ぐらいある溝も土砂で埋め尽くされました。



旧国道は昨日の昼頃に復旧しました。



東谷川も一部崩壊しています。


  

Posted by メドウおじさん at 11:26Comments(0)東谷(北九州)の紹介

「日本航空界の開拓者 河内一彦さんの生涯」、記念講演のお知らせ

2018年06月18日

来る6月20日(水)午前10時より、北方の生涯学習セン
ター(小倉南区役所、隣)で大正14年(1925年)に行わ
れた単発のプロペラ飛行機による小倉南区中谷出身の
河内飛行士訪欧大飛行成功の講演があります。
講師はゼンリンプリンテックスの福山あゆみさんで、彼
女は北九州の地域情報誌「南都(小倉南区)」「虹色八景
(八幡東区)」「飛幡(戸畑区)」の担当記者兼編集者で河
内飛行士の記事は南都15号で彼女自身による取材、執
筆で書かれたものが土台になっています。
講演では本編では書ききれなかった物語なども紹介され
そうです。本公演は以前、両谷市民センター市民講座でも
取り上げられており今回もとても面白いものになると思い
ます。ご興味のある方はぜひお聴きください。

  

Posted by メドウおじさん at 20:21Comments(2)東谷(北九州)の紹介

梅雨の合間の晴れ間

2018年06月12日

今日は梅雨の合間の晴れ日でした。梅雨のじめじめした
日々ですが何日か北の高気圧に包まれ爽やかな晴れ日
があります。今日はそんな日でした。
梅雨の一ヶ月半の間に一回か2回あるだけです。たぶん
明日にはもう、また湿度の高い梅雨の日々に戻ると思い
ます。こんな日が休みならいいのですが、そうは行きませ
ん。早く悠々自適の生活を送りたいものです。



今日の平尾台です。空気が澄んで爽やかな一日でした。こんな日が続くといいのですが
そうはいかないですね。


  

Posted by メドウおじさん at 19:14Comments(0)東谷(北九州)の紹介

ホタルの復活

2018年06月09日

先日町内を流れる東谷川の歩道の草刈りを行いました。
今年は情報で蛍が数年ぶりに復活していると聞いたので
草刈りも歩くのに邪魔にならない程度の軽いものにしまし
た。草刈りはもう一度来月下旬に行うのでその時はホタ
ルも終わっているので本刈を行います。先日夜の9時ご
ろに様子を見に行くと、いましたよ。
青緑の幻想的な光を点滅させながらスウ~と飛んでいま
す。これは雄の蛍でメスは草むらの中で光を点滅させな
がらオスを待っています。数はそれほど多くはありません
が、数年前の河川大改修で蛍は絶滅したかと案じていま
したので復活は嬉しい限りです。これで昔のようにしカワ
ニナが多く発生すると蛍橋も昔のようにホタルの名所に
なれるかもしれません。




歩道の草は刈ってのり面の草は残します。


桜の木の下の茂みがホタルの住処です。



対岸の茂みもホタルの住処です。
  

Posted by メドウおじさん at 20:38Comments(0)東谷(北九州)の紹介

昔の町内古地図発見

2018年04月24日

先日探し物で町内の公民館の物置を整理していたら
とんでもないお宝が出てきました。(と言っても私的に
お宝レベルという事で、骨董的価値はあまりないかも
しれません。)物は明治21年の町内の古地図という
か絵図のようなものです。大きさは畳二畳ほどもある
大きなものです。小さく折りたたんで風呂敷の中に入
っていました。この明治21年というのは東谷地区の
江戸時代からの各村々が明治政府の指導の下、合
併して旧東谷村が発足する前年の年です。新たに
発足する東谷村の前の旧村の様子を残すために描
かれたものだと推察されますが絵図自体は130年前
のものには見えないため(それでも3,40年は経って
いるように思えます。)元の絵図を複写したものの
ように思います。どういう経緯でこの絵図が作ら
れたものかは2,3人に聞きましたが不明です。
先日旧東谷村の村誌、東谷要覧に出会えたこと
と合わせ今回もうれしい出会いでした。保存状態は
悪くはありませんが、念のため全体を含め、写真に
残しましたのでこれから細かいところを分析していこ
うと思います。北九州にはゼンリンさんの博物館もあ
るので最近100年ぐらいの古地図はあれこれあるの
ではと思われるので、地元を中心に一度じっくり調べ
たいと思っています。


  

Posted by メドウおじさん at 19:30Comments(0)東谷(北九州)の紹介

平尾台が山火事

2018年03月27日

昨日18:30ごろ、消防車のサイレンの音がしたと思っ
ていたら平尾台で山火事が発生していました。原因は
わかりませんが、吹上峠あたりから西の方向へ山の
尾根から斜面に沿って燃え続け、今朝の6時半でも
まだ燃えていて石灰岩の採掘工区近くまで燃えていま
した。その後のニュースで朝の9時半ごろには鎮火し
たそうです。
消火には地元の消防団、9分団と10分団が動員され
ました。私の会社の同僚も消火作業に昨夜は出動した
そうです。結局14時間近く燃えたことになりますが昨夜
は風も弱かったことも幸いして大きな被害にならなかっ
たのは良かったです。地元消防団は毎年平尾台で野焼
きをしているので本物の山火事でも手際よく対応できた
のだと思います。今の時期は枯草が残り、たばこの火の
不始末でも簡単に発火します。平尾台は台上は草原で
あっという間に燃え広がるので本当に山火事は怖いで
す。私も薪ストーブで火を扱うので改めて要注意だと
思いました。


朝の6時半です。まだ尾根筋に火が燃えています。



夕方の様子です。左の少しくぼんだ吹上峠付近から西(右)の方向へ尾根伝いに燃えたのがよくわかります。
正面山向こうは平尾台自然の郷があるのでそっちに燃え広がらなかったのは幸いでした。

  

Posted by メドウおじさん at 19:33Comments(0)東谷(北九州)の紹介

無法松酒造さん、蔵開き情報お詫びと訂正

2018年03月26日

掲題の件ですが昨日の記事の中で来週日曜が蔵開き開催
日ととれる記事を書いてしまいましたが無法松酒造さんの
年の蔵開きは先週土曜日、3月24日でした。お詫びと
訂正いたします。
  

Posted by メドウおじさん at 18:52Comments(0)東谷(北九州)の紹介

一閑堂さん春の新作展

2018年03月25日

本日から新道寺の山家酒造さんで一閑堂さんの春の
新作展がはじまりました。毎年無法松酒造さんの蔵開
きの一週間前に行われます。作家の吉田さんは某高
等学校の先生でもありますが陶芸もプロ級の腕前です。
毎年日常使いのシンプルな食器を中心にリーズナブル
なお値段で提供してくださっています。
私は淡いスカイブルーの器が好きで、これは欽庸釉と
よばれる銅系の釉を酸化焼成すると発色するのですが、
今回は同じ欽庸釉をガス窯で還元焼成したお皿があり
ました。欽庸釉は還元焼成すると赤紫色に発色するの
ですが今回 窯変して釉薬の結晶が星空の銀河のよう
に浮き出たものがありました。今回迷わずゲットした一
番の収穫です。
他にも萩焼で御本という緋色の模様が発色した小鉢を
購入しました。他には昨年も出品していたオリジナルの
コーヒーサーバーセットも釉を変えたものが出ていました。
展示は来週日曜日4月1日まで開かれていますが作家
の吉田さんがいらっしゃる日曜が良いと思います。
器に関心のある方はぜひ、いらしてください。


同じ欽庸釉ですが左が還元焼成窯変で銀河の星空が浮き出たもので右は淡いブルーに発色した
酸化焼成した器です。


左の小鉢が御本が浮き出た萩焼です。



展示会は東谷は新道寺の造り酒屋、無法松酒造さんのお店の小上がりで行われています。



来週日曜日まで開かれています。


  

Posted by メドウおじさん at 10:00Comments(0)東谷(北九州)の紹介陶芸のこと

東谷村誌要覧

2018年03月22日

東谷地区は昭和23年に当時の小倉市に編入される
まで旧企救郡に残った最後の町村です。東谷村は明
治22年発足ですから約59年間独立した行政区とし
て存在したことになります。そのような当時の東谷村
の様子を記した東谷要覧が大正13年に出版されま
した。先般東谷市民センターで閲覧することが出来
ました。といっても当時の原本ではなく昭和49年に
当時の公民館(現在の市民センター)の方が原本を
ガリ版刷りで転記したものです。市民センターに一冊
だけ残っている貴重なものです。内容は当時の村内
の様子が生き生きと描かれています。特に印象的だ
ったのは子弟の教育について多くのページを割いて
書いています。このことは当時の東谷村が指定の教
育に尽力していたことがわかります。また農業の振興
については米作以外に柿と柑橘とビワの栽培を奨励し
ていたことがわかります。今はもう残っていませんが
石原町駅の裏の丘陵地や呼野では大きな果樹農園
もあったようです。そういえば柿や柑橘・ビワは今も古
木があちこちに残っています。
我が家にも渋柿と萩の夏ミカン・ビワの古木がありま
す。どちらもかなり古い品種で東谷村時代からの生き
残りの可能性が高いです。


原本は北九州市の図書館に保管されているはずですが市民センターに残る
貴重なガリ版転記の一冊です。またもう一度じっくり読んでみたいと思います。

  

Posted by メドウおじさん at 23:19Comments(0)東谷(北九州)の紹介

若松リノベーション(MATERIAL)

2018年02月28日

先日岩屋海岸に海水を汲みに行った帰りに奥さんの
リクエストで若松の中川町にあるリノベーションの素材
屋さん「MATERIAL」さんに行ってきました。MATERI
ALさんは坂田夏水さんという方が主宰されている建築
リノベーションの素材を扱うお店で東京は代官山をはじ
め全国に展開されています。若松店は小物や壁紙、塗
料などを扱っています。坂田さんご自身も高塔山山麓
に古民家をリノベーションして東京と若松の二拠点で
住まわれています。若松店は中川町というかつて石炭
産業華やかりしころは繁華街として栄えましたが今は
古い店舗や民家が密集する地域になっています。しか
し時代は一周して新しい動きが始まっています。レトロ
な民家や店舗をリノベーションして新たな動きになって
います。
門司港のレトロ街は官主導の観光化を感じます。(あく
までも私の感想です)若松のそれは手作り感満載の
住民主体の町おこしのようなエネルギーを感じます。
MATERIALさんもそのような動きを感じるお店で、自分
たちで手を入れリノベーションされたようです。お店はレト
ロですが商品はとてもモダンなものが多く不思議な和モ
ンの空間になっています。お店の店長さんに話を伺う
と他にも近隣には新しい動きのお店が多くあり
当分の間目が離せない若松のレトロ繁華街です。


モダンな小物や素材がレトロな空間と不思議な調和があります。


壁の塗料はマテリアルさんのオリジナルの塗料で、ご自分たちで塗られたそうです。




壁紙もおしゃれなものが数多く用意されています。



マテリアルさんの外観です。古い民家ですがリノベーションで見事に生き返っています。

  

Posted by メドウおじさん at 21:15Comments(0)東谷(北九州)の紹介リフォームクラフト

岩屋塩TAKE3

2018年02月26日

海水を100%煮詰めて作る海水塩の残りが少なく
なったのでまた採取に若松北海岸の岩屋まで行って
きました。この日は曇り空で今にも雨が降ってきそ
うでしたが何とか持ちました。海水採取は前回と同じ
場所で汲み同じように煮詰めて作るのですが微妙に
塩色や味が変わります。海水を汲んだ時の濃度や潮
の流れが微妙に違うせいかもしれません。市販の商
品だと少し問題があるかもしれませんが個人が趣味
で作っているので問題はありません。
身の回りで100%の天然海水塩を使ってくれる人が
少しずつ増えているのは嬉しい限りです。100%天然
海水塩の良さは私の心の師匠大塚 隆 氏がそのブ
ログで詳しく書かれていますが私自身は今自ら体験中
で5月に健康診断があるのでその時にどう変化してい
るのかを確かめたいと思っています。


岩屋海岸の千畳敷です。この日は潮が引いていたので先端部の岬の方で汲みました。



この日は5ℓ汲んで3つのIHで煮詰めていきます。およそ25%になるまで煮詰めます。



5lが900ccまで煮詰めました。ここまで煮詰めれば冷暗所なら長期保存がききます。



知り合いに差し上げる分のサンプルで500ッちょど煮詰めました。まだ少し緩いので
サラサラになるまで水分を飛ばします。


  

Posted by メドウおじさん at 19:32Comments(2)東谷(北九州)の紹介食べ物

小倉南区の分水嶺と古代幻視

2018年02月15日

以前に一度書いたのですが 小倉南区の分水嶺について
志井から石田にかけて続く小高い丘陵地を境に東の竹馬
川と西の紫川水系に分かれます。もう少し細かく見ると足
立山麓の湯川を境にもう一つ小さな分水嶺があります。
北側は神岳川が流れ紫川に合流します。南側は竹馬川
に合流する小さな流れです。紫川水系は主に東谷川、中
谷川、合馬川の3支流が合流してできます。私が分水嶺や
水系に興味を持つのはこれらが古代史の集落跡や中世
山城の配置と微妙に重なるからで興味が尽きません。
また現在再開発が進む城野地区では祭祀用の大型銅矛
が出土した重留遺跡や子供用の朱塗りの石棺が出土した
方形周溝墓の城野遺跡など弥生後期の遺跡が発掘され
ています。個人的にはこの辺り一帯が古代の企救の県の
中心地だったのではないかと想像しています。


志井のポリテクカレッジから石田手前まで続く丘陵地が一つの分水嶺です。後ろに見える山並一帯に
中世山城最大の長野城が築かれました。



重留遺跡から発掘された祭祀用の大型銅矛を忠実に再現したレプリカです。
銅矛や銅剣、銅鐸など祭祀用の青銅器はこのように当時は黄金色に輝き
神秘な力を持つと当時の人々には信じられていたものと考えます。
  

Posted by メドウおじさん at 16:17Comments(0)東谷(北九州)の紹介古代史

高津尾の郷土資料

2018年02月01日

三谷昔語り、合本 続編の中に大正後半から昭和の初め
にかけてを中心に高津尾の様子を詳しく書かれた郷土資
料があります。原典は鴨田 芳男氏が書かれた3部作で
す。原典はガリ版刷りのひもとじ製本の私家版が残されて
いるそうです。
特に風俗・文化は高津尾だけでなく当時の三谷に共通の
ものが多く見られ今でも伝統行事として残っているものも
あります。私みたいに郷土史に関心があるものにとっては
第一級の資料です。昔語りには風俗編が転載されています
が他の二部は紹介されていません。ところがこの三部作を
電子データに起こしご自身のブログ書庫に保存し公開され
ている方がいらっしゃいます。
ご本人の承諾を頂いてないのでここではこれ以上書けませ
んが大変なご努力です。おかげで貴重な資料が散逸するこ
となく保存されました。三谷昔語りも合本として出版された
もの以外にも合本で取り上げなかった同人会報として書か
れたものが数多くあります。私も父が残したものがごく一部
所有していますが残念なことに散逸してほとんど残っていま
せん。もし再発見できたら私も電子化しておきたいと思いま
す。




三谷昔語り 合本続編です。平成15年の発行でこれが最終巻になります。



合本 続編の72pにかつて高津尾に在住された鴨田 芳男氏の著作の一部が転載されています。
残りの部分は現在高津尾在住のブロガーの方が電子化されて公開しています。

  

Posted by メドウおじさん at 20:45Comments(2)東谷(北九州)の紹介

島村志津摩の小説(峠を出でて奇兵隊を撃て)

2018年01月08日

幕末の小倉戦争において山縣狂介の奇兵隊と三谷地区
で激戦を繰り広げ企救郡は失ったものの田川、京都郡を
中心とする豊津藩として存続させた郷土の英雄なのです
が、いかんせん、徳川譜代として長洲戦争の敗軍であり
勝者の長洲には維新回転の英傑がキラ星のごとくおり長
洲の陰に隠れ歴史の表舞台に出ることはほとんどなかっ
たのですが、それでも九州文学の重鎮、劉勘吉氏や白石
壽氏原田種臣氏が小説や歴史書として描いています。
最近大手出版社、幻冬舎から小野剛史という方が「峠を
出でて奇兵隊を撃て」として出版されました。小野氏は地
元の出身の方で「かんだ郷土史郷土史研究会員」として
活躍されておられる方です。島村志津摩と同時期の小倉
藩家老でライバルの小宮民部と善と悪の対立関係として
描かれることが多かったですが本編は二人の関係を深く
複雑に描いています。230pを面白くて一気に読破しまし
た。いつかTVでドラマ化されると嬉しいです。





  

Posted by メドウおじさん at 10:20Comments(0)東谷(北九州)の紹介

新企救風土記

2017年12月23日

新企救風土記は在野の郷土史家、松本洋一さんが出版
された郷土誌で三谷に隣接する旧企救町の歴史、風土を
研究されたものです。以前図書館で見かけてできたら自分
の手元に置きたいと思ったものの入手の方法がわからず
に半ばあきらめていたのですが先日、小倉北区の書店、
クエストで増補改訂版が市販されていました。私の住む
三谷の歴史を知るうえで桜橋より以北の旧企救町の昔
の様子を多方面から知ることが出来る本風土記は貴重
な資料です。


新企救風土記は特に昭和30年代以降、旧企救町が大きく変遷していく様子がわかります。

  

Posted by メドウおじさん at 12:48Comments(0)東谷(北九州)の紹介

クエスト1

2017年12月21日

小倉北区の旦過市場のすぐ近くにある書店クエストは老
舗だったナガリ書店、金栄堂が閉店した今となっては小倉
に残る唯一と言っていい大型書店です。残念なことに紀伊
国屋、丸善、ジュンク堂といった全国規模の大型書店は福
岡に集中しその他の地域は地元の小さな書店が細々と営
業している所が多いようです。アマゾンなどネット書店が隆
盛を極めている現代において中小書店の経営は厳しく正に
斜陽産業の典型の一つですが私は今でも書籍は書店で購
入するのが好きです。公共の図書館もいいですが旬な新刊
をいち早く手に取ることが出来る書店の良さはまた格別です
。そういった意味でも小倉のクエストには頑張ってほしいです




  

Posted by メドウおじさん at 21:05Comments(2)東谷(北九州)の紹介

東谷の石碑1

2017年11月19日

東谷地域は昭和30年代まで9つの町内で構成されていま
した。(現在は12に増えています)各町内には石碑などの
独自の遺跡が多くあります。いろいろ種類がありますが多
いのは街道の安全を祈る康申塚や猿田彦大神の石碑や
個人を顕彰したものなどがあります。それぞれの町内で
維持管理されていますが今のうちにしっかり記録に残し
ておこうと思います。


石原町天疫神社の庚申塚です。相当古いもので江戸時代のものと思われます。





石原町バス停に残されている秋月街道(香春街道)の里程標です。同じものが
呼野公民館前にも残されています。





東大野神社に建っている猿田彦大神の石碑です。文化年間の設立です。
猿田彦大神は古事記の神話に出てくる国つ神の一人で天照大神の皇孫
ニニギノミコトが高天原から葦原瑞穂の国(日本)降臨したときに道案内を
した神様です。この故事から街道の安全を守る神様として長く信奉され
てきました。各地に石碑が多く残されています。現在本社は伊勢市にあります。
猿田彦大神は大柄で赤ら顔に大きな鷲鼻を持っていたと言われ後に天狗の
モデルになったとされていますが。私的には遥か古代に日本にやってきた
西洋系の民族だったのではないかと思っています。
  

Posted by メドウおじさん at 14:01Comments(0)東谷(北九州)の紹介

知念さん(つづみ草)の蕎麦打ち道場

2017年10月27日

私が良く行く東谷の美味しいお蕎麦屋さん、つづみ草
のご主人の知念さんが、東谷市民センターの市民講座
の一環で「蕎麦打ちの講習会」を来月11月16日(木)
10:00から13:00、東谷市民センターで行います。
参加費はお一人1000円です。まだ数人、枠がある
ようです(今日現在です)からご関心のある方は下記
の東谷市民センターまでお問い合わせください。
tel:093-451-0217



美味しいお蕎麦の蕎麦打ちを格安の料金で体験できます。お申し込みは東谷市民センターに
お問い合わせください。
  

Posted by メドウおじさん at 17:04Comments(0)東谷(北九州)の紹介

マテバシイの実1

2017年10月04日

日本のナッツというと栗と胡桃が両横綱だと思い
ますが、私が子供のころに食べていた椎の実も素
朴な味でした。子供のころに食べていたシイは2c
mほどの細長いスダジイ(ナガジイ)か1cmほど
の丸っこいツブラジイ(コジイ)です。どちらも生
で生食しても渋みはほとんどありません。火で炒る
と香ばしく甘みも増します。日本のドングリはどれも
タンニンが多く渋くて生はもちろん、焼いても煮ても
食べれません。食べるには殻の中の実を砕いて水
に何度も晒してやっと食べれるようになります。その
点スダジイとツブラジイと3cmほどのマテバシイは
生食できるドングリで日本では縄文の昔からクリと
ともに貴重な食糧でした。今では誰も食べる人もい
ないと思いますが今回、懐かしく採取してみました。



マテバシイは元々東谷にはほとんど自生していませんでした。写真は小倉南インター
に植樹されたマテバシイです。歩道横のフェンス際で大きく成長しています。最近は
都市公園などでもよく植樹されています。



マテバシイの拡大写真です。見た目はコナラなどのドングリにそっくりです。


このように歩道にたくさん落果しています。

  

Posted by メドウおじさん at 19:08Comments(4)東谷(北九州)の紹介

稲の天日干し

2017年10月02日

最近の稲刈りでは刈り取った稲はその場で脱穀まで
できますがこの田圃では昔ながらの天日干しで干し
ています。天日干しは大変な重労働ですが新米の味
が引き立つそうです。今はたいがいの農家さんは機
械干しで室で自動乾燥させるようです。この田圃で
はオーナーさんがこだわりのお米を作りたいという
事で約2反の水田に無農薬で収穫直前まで水を張っ
て作ったそうです。現在の従来農法では出穂が始まる
お盆前ごろからは水を落とすそうなのでかなり異なる
やり方ですが、よく考えると江戸時代や明治では湿地
性の田圃では収穫するまで水があったでしょうから、こ
れが本来のやり方なのかもしれません。



刈り取った稲藁を縛るまでは機械がやってくれますが、振り分けて竿にかけるのは
人力ですから大変な作業です。

  

Posted by メドウおじさん at 19:52Comments(2)東谷(北九州)の紹介